3年目の3.11(2014年3月11日)

3.11から2年。
皆さんはどんな気持ちで迎えたのでしょうか。
私たち新聞社は賃貸住宅業界の専門紙として、被災地の取材をしてきました。

一見、「賃貸住宅」というかなり限られた分野で取材してきたので、大きな問題のほんの一部分しか焦点をあてていないように思われるかもしれません。
もちろん、賃貸住宅だけで今回の震災復興が語れるわけではありませんが、一般の方が思われている以上に賃貸住宅業界という限定した分野に身をおいても、かなりの現状が見えてきます。

皆さんご存知の通り、東日本大震災で供給された仮設住宅は、新築した仮設約5万戸に対し、その数を上回る約6万戸以上が、民間の賃貸住宅を県が借り上げて仮設住宅として被災者に貸す「みなし仮設」なのです。
みなし仮設という部分だけ見ても、今回の震災がどれほど復興が進んでいないのかがわかります。

仮設住宅は当初2年契約の計画でしたが、復興住宅等整備が遅れている中で、1年更新が決まりました。
この更新もおそらく1年では終わらないだろうというのが、被災地の方たちの考えです。
やはり津波で家を失った人が多く、その方たちの中には、元あった自宅の場所に戻ることができない方々もいるからです。
つまり災害危険区域に指定された防災集団移転をする必要がある方たちが沿岸地域では多いためで、その移転先の造成がうまく行かないという声もあります。
気仙沼市では、造成が終わるまで最低2年、遅いところでは3年かかるという地区があります。
造成が終わってもさらに住宅を建てるまでに時間を要します。
この話を聞いても、みなし仮設を含む仮設住宅にあと2年以上は住んでいなくてはいけません。
おそらく、阪神淡路大震災のとき以上に長く仮設住宅生活をしなくてはいけなくなるでしょう。
被災者の方々の精神面が心配です。

一方、震災特需で空室があまりないと言われている仙台ですが、本当に住宅は不足していて、復興事業者が職人たちを滞在させる家がないので、「5人が住める部屋がいいけれど、なければワンルームでもいいから貸してくれ」という要望もあるくらいです。
もっと驚くのは、傾いた家を事業者自身がお金を出して修理して、借りるというケースも出てきているそうです。

被災者の家も足りなければ、復興事業者も家も足りない。
復興事業者の家が足りなければ、復興が進まない。
これが現状です。

今日の日経新聞で、復興住宅について2015年度までに全体計画の岩手が9割、宮城が7割の整備をそれぞれ終える見通しだ、という記事がありましたが、本当にそんなにうまく行くのでしょうか。
現地で話を聞いているととてもそんな感じはしません。
特に宮城については、人手不足が深刻で、仙台以外の地域ではほとんど進んでいないようですから。

明後日、石巻に行きます。石巻は半年ぶりです。
どのように変わっているのでしょうか。
今回の目的は現地の状況変化とコンテナで作った復興事業関係者用の集合住宅を見に行くことです。
コンテナと言っても、水回りユニットや断熱性も悪くなく、一般の賃貸住宅と比較してもそん色ない建物だそうです。
ならば、優先的に仮設住宅に住んでいる方たちを入居させたらどうかともつい思ってしまいますが、それでは復興が進まない。
なんとも「卵が先か、鶏が先か」みたいない話ですね。

取材をすればするほど、もどかしい、やるせない話が多いのですが、地震大国ニッポンでは、今回の東日本大震災は「対岸の火事」ではありません。
地域性による違いはもちろんありますが、共通する課題はいくつもあります。

今、私ができること。
それは、自分の目で見て、耳で聞いて、さらに体で感じたことを少なくとも賃貸住宅という大きなインフラを担っている家主の方たち、そして家主と密接な関係にある不動産会社の方たち、さらに建設会社の方たちに知ってもらえるように、発信していくことです。
そう改めて意を強くした3年目の3.11でした。